イタリアで確信した「おんがく」の意味
イタリアでの一場面。
ヨーロッパでは、出逢う人誰もが、ある種のトラウマを抱えているように見える。
それは人生の哀しみを語っている場合もあるが、大抵はLa vita e' bella 「人生は素晴らしい」という真実に気付くための、学びのプロセスに見える。
顔を見ていると、問題が私の前にさらけ出され、テーブルの上に並べられてしまう。
やがて今世における魂の課題のようなものが、誰にもあることに気づく。
それもまた、美しい、のである。
人の世とは不思議なもの。
出逢う人との縁には、その理由がある。
でもすぐに、その理由とやらが、分かるわけでもない。
私が何か出来るなら、手は貸したいと思うが、残念ながら自分でやらねば解決出来ない。
私に出来るのは鏡になること。
私たちの音には、多分そのチカラがある。
人の気付きのための「磨かれた鏡」にはなれるのだろう。
オーケストラとのリハーサルを重ねることで100人以上の研ぎ澄まされ、練られた上澄みのエネルギー。
オーケストラの皆が「いのち」の一部分を差し出してくれるからだ。
まるでホントの元気玉の世界。
忘れないで欲しい。ドラゴンボールは神話ではなく、現実に存在する。
これ、実は人智を超えた世界だ。
そして、あなたの欲しいもの。
それはこのエネルギーとの邂逅のなかにきっと見つかるはず。
昨夜の公演で確信した。
鏡に映る自分。
私もあなたも、オーケストラから差し出された音の渦、龍のエネルギーの前で
自分の偽らざる姿を、観ることになる。
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